部史14

2014年8月21日 連載
99年、田村・三潴入学。34代部長は加藤。第61回中四、A級5位。個人戦、蔵元が準優勝で学生名人戦に出場、後藤がベスト8。第62回中四、後藤の欠場が痛く、A級6位でB1級に降級。
2000年、金田・山﨑・矢野・日野入学。35代部長は後藤。第63回中四、B1級優勝でA級に復帰。個人戦、高野が3位となり、2年ぶり3回目の学生名人戦出場。西日本個人戦では名大の長谷川君、熊本大の土橋君という強豪2人を倒してベスト8入りした。西日本大会における鳥大の最高成績である。
第64回中四、A級3位。個人戦、蔵元が2回目の準優勝で学生十傑戦出場。鳥大歴代で個人戦優勝はまだ1度もなく(現在団体戦に出場している大学で個人戦優勝経験がないのは鳥大と岡理の2校のみ。岡理には沖田君・沖君という優勝候補が居るので、鳥大のみになるのは時間の問題か?)、準優勝は北村氏・青江氏・高野・蔵元の4人のみ。このうち蔵元だけが2回準優勝していて、学生十傑戦出場は蔵元のみである。こう書くと蔵元最強か?という感じだが、彼は15回参加して団体戦34勝34敗の五分。個人戦は37勝25敗とさすがに大きく勝ち越しているが、予選落ち・1回戦負け・1回戦負け・ベスト16・2回戦負け・ベスト8・予選落ち・準優勝・予選落ち・予選落ち・準優勝・1回戦負け・2回戦負け・予選落ち・予選落ちという成績は誰が見ても変だろう。ベスト8の後が予選落ち、次に準優勝するが、その後2回連続予選落ち。その次にまた準優勝するが、その後も2回予選落ち。安定感がないとかいった次元の話ではないだろう。準優勝2回以外にもベスト8・ベスト16があるのだから「まぐれ勝ち」とは言えないだろうが、準優勝後に4回も予選落ちしているのはどう説明したらいいのか? やたら三振の多いホームランバッターといったところか。

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